東京高等裁判所 平成11年(ネ)1819号 判決 1999年11月29日
控訴人 角田富美恵
被控訴人 国 ほか二四名
代理人 岩田光生 石川利夫 ほか六名
主文
一 本件控訴を棄却する。
二 控訴費用は、控訴人の負担とする。
事実及び理由
(以下、原判決添付の「<2> 物件目録」の(一)ないし(一一)に記載された土地を、それぞれ(一)土地ないし(二)土地という。なお、(一)土地及び(二)土地並びに(四)土地ないし(一一)土地は、一団の分譲地であり(三)土地は、右分譲地内の公衆用道路である。)
第一当事者の求めた裁判
一 控訴人
1 原判決中、控訴人敗訴部分を取り消す。
2(一) 原審第七一号事件
(1) 被控訴人上原雅文及び被控訴人上原宏は、控訴人に対し、(二)土地について、原判決主文第一項の更正登記手続をすることを承諾せよ。
(2) 被控訴人あさひ銀保証株式会社は、控訴人に対し、(二)土地について、甲府地方法務局昭和六三年六月二九日受付第二三〇六一号をもってされた抵当権設定登記及び平成二年五月一日受付第一四五一六号をもってされた根抵当権設定登記を、それぞれ被控訴人上原雅文持分及び被控訴人上原宏持分を目的とする設定登記に更正する登記手続をせよ。
(二) 原審第一五〇号事件
被控訴人国は、控訴人に対し、(三)土地について、原判決主文第一項の更正登記手続をすることを承諾せよ。
(三) 原審第一八六号事件
被控訴人米長兄眞及び被控訴人米長行雄は、控訴人に対し、(四)土地について、原判決主文第一項の更正登記手続をすることを承諾せよ。
(四) 原審第二六四号事件
(1) 被控訴人渡邊紘司は、控訴人に対し、(五)土地について、原判決主文第一項の更正登記手続をすることを承諾せよ。
(2) 被控訴人住宅金融公庫は、控訴人に対し、(五)土地について、甲府地方法務局昭和六三年九月二二日受付第三三七四九号をもってされた抵当権設定登記を、被控訴人渡邊紘司持分を目的とする設定登記に更正する登記手続をせよ。
(3) 被控訴人日本信販株式会社は、控訴人に対し、(五)土地について、甲府地方法務局昭和六三年一一月一六日受付第三九九三五号をもってされた抵当権設定登記を、被控訴人渡邊紘司持分を目的とする設定登記に更正する登記手続をせよ。
(五) 原審第二六五号事件
被控訴人藤巻美三及び被控訴人矢崎昭成は、控訴人に対し、(六)土地について、原判決主文第一項の更正登記手続をすることを承諾せよ。
(六) 原審第二六六号事件
(1) 被控訴人竹野正博は、控訴人に対し、(七)土地について、原判決主文第一項の更正登記手続をすることを承諾せよ。
(2) 被控訴人住宅金融公庫は、控訴人に対し、(七)土地について、甲府地方法務局昭和六三年九月二二日受付第三三六三五号をもってされた抵当権設定登記を、被控訴人竹野正博持分を目的とする設定登記に更正する登記手続をせよ。
(3) 被控訴人株式会社松下電器共済会は、控訴人に対し、(七)土地について、甲府地方法務局昭和六三年一〇月二九日受付第三八〇二〇号をもってされた抵当権設定登記を、被控訴人竹野正博持分を目的とする設定登記に更正する登記手続をせよ。
(七) 原審第二六七号事件
(1) 被控訴人金山邦昭は、控訴人に対し、(八)土地について、原判決主文第一項の更正登記手続をすることを承諾せよ。
(2) 被控訴人甲府信用金庫は、控訴人に対し、(八)土地について、甲府地方法務局昭和六三年六月一八日受付第二一五三三号をもってされた抵当権設定登記を、被控訴人金山邦昭持分を目的とする設定登記に更正する登記手続をせよ。
(3) 被控訴人住宅金融公庫は、控訴人に対し、(八)土地について、甲府地方法務局昭和六三年一二月二三日受付第四五三〇四号をもってされた抵当権設定登記を、被控訴人金山邦昭持分を目的とする設定登記に更正する登記手続をせよ。
(八) 原審第二八三号事件
(1) 被控訴人山本俊一、被控訴人黒川一、被控訴人大須賀初美及び被控訴人山本正二は、控訴人に対し、(九)土地について、原判決主文第一項の更正登記手続をすることを承諾せよ。
(2) 被控訴人住宅金融公庫は、控訴人に対し、(九)土地について、甲府地方法務局昭和六三年一一月一八日受付第四〇三二八号をもってされた抵当権設定登記を、山本雄三持分及び被控訴人山本俊一持分を目的とする設定登記に更正する登記手続をせよ。
(九) 原審第二八四号事件
(1) 被控訴人前嶋正志及び被控訴人前嶋瑞枝は、控訴人に対し、(一〇)土地について、原判決主文第一項の更正登記手続をすることを承諾せよ。
(2) 被控訴人住宅金融公庫は、控訴人に対し、(一〇)土地について、甲府地方法務局平成六年九月二〇日受付第二六七八六号をもってされた抵当権設定登記を、被控訴人前嶋正志持分及び被控訴人前嶋瑞枝持分を目的とする設定登記に更正する登記手続をせよ。
(3) 被控訴人三井海上火災保険株式会社は、控訴人に対し、(一〇)土地について、甲府地方法務局平成六年九月二〇日受付第二六七八七号をもってされた抵当権設定登記を、被控訴人前嶋正志持分及び被控訴人前嶋瑞枝持分を目的とする設定登記に更正する登記手続をせよ。
(一〇) 原審第二八五号事件
(1) 被控訴人望月博幸、被控訴人和智操一郎及び被控訴人和智ふくよは、控訴人に対し、(一一)土地について、原判決主文第一項の更正登記手続をすることを承諾せよ。
(2) 被控訴人住宅金融公庫は、控訴人に対し、(一一)土地について、甲府地方法務局昭和六三年一〇月六日受付第三五三五五号をもってされた抵当権設定登記を、被控訴人望月博幸持分、被控訴人和智操一郎持分及び被控訴人和智ふくよ持分を目的とする設定登記に更正する登記手続をせよ。
3 訴訟費用は、第一、二審を通じて、被控訴人らの負担とする。
二 被控訴人ら
主文と同旨。
第二事案の概要
一 原判決の概要
第一審相被告玄間輝雄(以下「輝雄」という。)と控訴人は兄妹であり、原判決別紙<2>物件目録記載の各土地(以下「本件各土地」と総称する。)は、両名の父である玄間文雄(以下「文雄」という。)が所有していた土地である。本件は、文雄の死亡後、共同相続人の一人にすぎない輝雄が本件各土地について勝手に単独相続による所有権取得の登記をした上、これを第三者に売却してしまったとして、控訴人が輝雄に対し、右単独相続の登記を相続分に応じた所有権移転登記に更正するように求めるとともに、輝雄から転々譲渡された本件各土地を現在所有し、あるいはこれに抵当権又は根抵当権を設定している者らに対して、右更正の登記についての承諾を求めた。
原判決は、答弁書その他の準備書面も提出しないで欠席した輝雄については、控訴人の請求原因を自白したものと認めて、本件各土地について相続分に応じた更正登記手続をするよう命じ、右判決は確定した。しかし、輝雄以外の第一審被告ら(本件各土地の現在の所有名義人や本件各土地について担保権設定を受けている金融機関)に対する請求は、輝雄が本件各土地の持分三分の二を取得していなかったとしても、民法九四条二項の類推適用により、これをもって輝雄以外の第一審被告らに対抗できないとして、その各請求を棄却した(ただし、国をについては、都市計画法四〇条による所有権の原始取得を認めた。)。
一 争いのない事実等
争いのない事実等は、原判決「事実及び理由」欄の「第二 事案の概要」の「一 争いのない事実等」記載のとおりであるから、これを引用する(ただし、以下、「原告」を「控訴人」に、「被告」を「被控訴人」に、「被告玄間」を「輝雄」とそれぞれ改める。)。
二 控訴人の主張
控訴人の主張は、次のとおり改めるほかは、原判決「事実及び理由」欄の「第二 事案の概要」の「二 原告の主張」記載のとおりであるから、これを引用する。
1 原判決一〇頁一行目の「知っていた」の次に「(仮に知らないとしても、そのことについて過失があった)」を加え、二行目の「悪意」の次に(「仮に善意であるとしても有過失」)を加える。
2 原判決一一頁二行目の次に行を改めて次のとおり加える。
「更に、権利者(控訴人)が、不実の登記を放置していたにすぎない場合は、民法九四条二項の類推適用はされず、追認ないし明示又は黙示の承認があって初めて『通謀』と同視される事情が具備されるものである。本件においては、仮に、控訴人が不実の登記を放置していたとしても、これを追認したり、明示又は黙示の承認をしたものではないから、民法九四条二項の類推適用の基礎を欠くというべきである。
7 (被控訴人らの期間二〇年の長期時効取得の主張について)
輝雄は、昭和四九年三月二三日から本件各土地の占有を開始したわけではなく、被相続人文雄が所有する本件各土地を、その生前から耕作していたものであるから、輝雄が本件各土地の占有を開始したとき、本件各土地は文雄の所有であるとの認識を有し、所有の意思を欠いていた。
そして、輝雄は、右のとおり所有の意思を欠いたままで、他の相続人らに無断で、その持分を侵して輝雄の単独名義の相続登記を行ったものにすぎず、文雄死亡後の占有が所有の意思に基づく占有(自主占有)であるということはできない。よって、長期二〇年の時効取得が成立する余地はない。
8 (被控訴人らの権利濫用の主張について)
右6において主張した本件訴訟提起に至るまでの経緯に照らせば、控訴人の請求を権利濫用ということは到底できず、被控訴人らの権利濫用の主張は争う。」
3 原判決一一頁三行目の冒頭の「7」を「9」に改める。
四 被控訴人らの主張
被控訴人らの主張は、原判決「事実及び理由」欄の「第二 事案の概要」の「三 被告らの主張」記載のとおりであるから、これを引用する。
ただし、被控訴人ら全員が、「1 輝雄の所有権取得」、「2 九四条二項類推適用」、「3 原告(控訴人)主張の持分(三分の二)の短期時効取得」、及び「4 原告(控訴人)主張の持分(三分の二)の長期時効取得」について主張し、「5 権利濫用」については、被控訴人渡邊紘司、被控訴人藤巻、被控訴人矢崎、被控訴人住宅金融公庫、被控訴人山本俊一、被控訴人黒川、被控訴人大須賀及び被控訴人山本正二が主張した。そして、被控訴人らは、右2ないし4の主張は選択的主張であると述べた。
第三当裁判所の判断
一 当裁判所も、控訴人の本訴各請求は、理由がないと判断する。
その理由は、(三)土地については、被控訴人国に有効に帰属しており、その余の土地についても、次のとおり、少なくとも、本件各土地の所有名義人である各被控訴人らが、本件各土地を期間一〇年の短期時効により取得したと認められることにある。
二 (三)土地についての都市計画法四〇条による所有権の原始取得
<証拠略>によれば、被控訴人国の主張する事実を認めることができるところ、都市計画法四〇条一項による土地の帰属(所有権取得)は、原始取得の性質を有すると解するのが相当であって、(三)土地についての所有権は、昭和六三年四月二三日、被控訴人国に有効に帰属したものというべきである。
三 その余の土地の短期取得時効について
1 最初に、本件に関して、証拠によって、認定できる事実については、次のとおり改めるほかは、原判決二〇頁七行目から二八頁一行目の記載のとおりであるから、これを引用する。
(一) 原判決二〇頁九行目の「<証拠略>」の前に「四八~七一、」を加える。
(二) 原判決二三頁末行の「昭和六一年一月」を「昭和六一年一一月」と改め、二四頁一行目の「このころ、原告は右審判事件の追行」を「昭和六一年一月ころ、控訴人は右遺産分割についての処理」と改める。
2 右の認定事実に照らすと、コーナンは、昭和六二年一月一二日の本件各土地の売買契約日又は翌日の所有権移転登記手続のころには本件各土地の占有を開始し、その後、本件各土地を開発し、分譲地として、本件各土地の所有名義人となっている被控訴人ら(ないしその先代)に売却し、右被控訴人らは、本件各土地の引渡しを受けた後に、それぞれ建物を建築するなどして、今日まで占有を継続していること及びコーナンの右占有開始から控訴人の本件各訴訟提起までに、既に一〇年間が経過していることは明らかである。(なお、コーナンと長坂いせ子との本件各土地の売買契約書(<証拠略>)の特約条項に「3 買主乙は本物件買取后S62.9.30日迄は一切手をつけないこととする。」との記載があるが、他方、同契約書の第4条には「本売買物件の受渡は売買代金完済と同時に之を為すものとする」との記載もあり、前記特約は、右日時までは本件各土地の開発行為には着手しないという程度のものであって、引渡し(占有移転)までをしないというものではなかったと解される。)
3 そして、コーナンの占有開始時に、善意無過失であったかについて検討する。
一般的に、土地の登記名義人を所有者であると信頼して取引をすることは、当然であって、登記簿上の所有者を権利者と信じることについては過失がないものと推認されるところ、コーナンが本件各土地を取得する際の本件各土地の登記簿には、<1> 文雄から輝雄へ昭和四八年九月二三日相続を原因とする昭和四九年三月二三日受付の所有権移転登記、<2> 輝雄から長坂いせ子への昭和六〇年三月二五日売買を原因とする同年一二月三日受付の所有権移転登記の記載があったことは前記のとおりである。
まず、文雄から輝雄への相続を原因とする所有権移転登記は、輝雄が旧家の長男であること及び一〇年以上にわたってその旨の登記がされていたことに照らせば、輝雄が本件各土地の所有権を有していたとコーナンにおいて信ずることは当然であると評価できる上、原審証人三神平治(コーナンの代表取締役)の証言によれば、本件各土地の購入の際の担当者は営業部長であった遠藤政雄であり、最終的な決済は三神が行ったものであるところ、遠藤は慎重な性格で登記簿の記載を信頼する一方で、知り合いの弁護士にも相談の上で取引を進め、三神においても、長坂いせ子(及びその夫の長坂典政)は、本件各土地のコーナンへの売却の数年前から輝雄のもとに出入りしており、本件各土地を何らかの取引によって取得したものであろうと考え、登記簿の記載を信頼し、売買代金も相当な範囲内のもので合意して取引をしたことが認められる。
よって、コーナンは、本件各土地の占有を開始する際には、本件各土地の所有権が自己に帰属すると過失なく信じていたと認めるのが相当である。
なお、控訴人は、コーナンの担当者(営業部長遠藤政雄)は、本件各土地の所有権が長坂いさ子にないことを知っていた(あるいは、これを知らなかったことに過失があった)旨を主張し、控訴人本人もこれに沿った供述をするが、これを裏付ける的確な資料もなく、採用できない。
3 被控訴人らの各取得時効の援用は、当裁判所に顕著である。
四 結論
以上の次第で、その余の点について判断するまでもなく、控訴人の各請求をいずれも棄却した原判決の結論は相当である。
よって、本件控訴は理由がないからこれを棄却すべきものとし、控訴費用の負担につき、民事訴訟法六七条一項本文、六一条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 高木新二郎 北澤晶 白石哲)